クリーニング
フィルムスキャナーの分解清掃にチャレンジ。

エラーのコメントが「光源の光量不足」ということなので
分解して掃除をしてみることにしました。
ひょっとしたら埃まみれになっているか、レンズが曇っているか、
その辺りを清掃すれば直るかと思って外装筐体を外して見たのですが、
見える部分は意外と綺麗です。
画像のミラーの対面に光源があるのですが、これも綺麗なモノです。
もっとはっきり「あーこれだけ汚れていたら・・・」と原因がはっきりするのを期待していたのですが、
やっぱり、キセノン光源そのものの劣化なのかなあ、と諦めムード。
でも折角ですから、光源の表面はOAクリーナーで清掃、
ミラー、及びレンズの表面は綿棒しか入らず拭き取り残りのクモリがいやなので
綿棒で乾拭きにとどめました。
綿棒に全く汚れが着いてこない状態でしたので、結果はあまり期待できませんが、
元通り組上げて、接続通電、ソフトからスキャナーを起動すると、
何事もなかったように復活しました。
早速ネガを2本スキャンしました。
気のせいか、以前よりコントラストが高いような申し分ない画像が取り込めました。
あまり長く持つとも思えませんが、とりあえず復活しました。
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# by mypac | 2005-09-14 16:53 | Comments(0)
動かなくなった
連日の重労働に耐えかねてか、フィルムスキャナーが仕事をしなくなりました。
もうかなり前から光源が弱っているのは分かっていたのですが
なんとかだましだまし使っておりました。
しかし、ついに先週土曜日に寝たきりになり、
電源は入るものの、仕事はしなくなりました。
2日ほど電源を切って自然治癒を待ちました(笑)が今日もダメ。
古い機種なので、スピードが遅くて、一本スキャンするのに2時間近くかかります。
これを機会に新しい物にしようかと思いますが、最近はデジカメばかりでフィルムを使っているわけでもなく、
古いモノクロネガのデジタル化だけなので悩ましいところです。
同じ機種の中古をゲットして、本体のみ交換するのが
ドライバーや接続コードやらがそのままでいけるので、いちばん簡単かなあ。e0019563_8524520.jpg
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# by mypac | 2005-09-12 08:53 | Comments(1)
懐かしい友人
仕事がふた息(一息ではなく)ついて、古いネガをスキャンしてましたら
片隅に懐かしい友人を発見しました。
会社には同期で入ったのですが、なぜかぼくが一才年上で、
ぼくのことを「アニキ」と呼んでました。
後日、彼の弟もぼくに対して「アニキ」と呼んでましたが
実の兄も「アニキ」と呼んでいましたので、3人で一緒になると
ややこしいことになりました。

社会人になると利害が絡んで親友ができ難い、と言われますが
彼とは、ほんとに気の合った友人でした。
過去形なのは、彼は若くして逝ってしまったので、
もうぼくの友人としては記憶の中にしか生きていませんのです。

知人が逝ってしまうのは悲しいことですが、
それは、自分の思い出が、一緒に逝ってしまうからだ、と
何かで読んだことがあります。

彼(アイ君)を思うと、まさにその通りだなあ、と感じます。
SLを追いかけて、ぼくのバイクの後部シートや
夜汽車の隣の席によく一緒にいましたからネ。

写真の彼に向かって一方通行でしか、思い出話ができないのは
心寂しいものがあります。
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# by mypac | 2005-09-09 16:08 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(4)
若かりし頃
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ぼくはある意味晩生なのかも知れません。
21才でバイクの免許を取りました。
それも実地試験がスクーターからクラッチつきのバイクに変るので
一気に難しくなると聞いて、申し込んだのですが、
書類を出して、後日試験だと思っていましたら、
筆記試験はなんと当日だと言うではないですか。
慌てて試験場の前で虎の巻を買って、昼食もそこそこに棒暗記に専念しまして、
無事合格(~_~;)
筆記試験一回に付き、実地試験は2回受けられるのですが、
2回目の試験車はもうクラッチつきのバイクが予定されておりました。
これはやばい、一発で通らねばと、試験場前の教習場で1時間講習を受け、
初めてスクーターに跨りました、まさにぶっつけ本番状態です。
帰ってからは試験コースの暗記、イメージ走行に明け暮れ
一週間後の試験当日も、早めに行って、もう一度1時間講習を受けて、
結果は見事一発合格(^.^)>(^.^)>\(^_^)/ヤッター!!
余談ですが試験当日、次週からの試験車CD125数台を試験官(警察官?)が乗り回しておりました。

免許が手に入ればバイクが欲しくなるのはあたり前
最初に買ったのはスズキA100という2サイクル単気筒で
片道150キロ圏ぐらいの撮影には、大活躍しました。
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# by mypac | 2005-08-30 14:20 | Comments(2)
見果てぬ夢
三つ子の魂百まで、と言いますが、ぼくが夢中になった鉄道趣味も
多分生涯意識の中から消えることはないと思います。
熱中したのは10年にも満たない期間でしたが、それはそれは濃密な時間でした。
線路脇から遠ざかっても、心の中にはいつかはこんな光景を自分の部屋の中に模型でも再現したいと思っておりました。
住宅事情や経済的な面から、もうどうやら届かぬ夢に終りそうですが
記憶のなかでは今も走り続けて停まりそうにありません。

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昭和43年2月肥薩線日当山
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# by mypac | 2005-08-28 10:51 | Comments(0)
あの夏の日
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久しぶりに夜行列車に乗って、線路の傍を歩いた夏は、もう2年も前のことなんですね。
若い時は機材の詰まった重いリュックを背負って、何駅も歩いたものでした。
それを懐かしくて、思い切って「小歩危」から「大歩危」までを歩いたのですが、
午前中の撮影でかなり足を使っていたせいもあるのですが、
区間の後半、膝にきてしまって、ほうほうのていで、大歩危駅にたどり着いたのを思い出します。
もうあれから、2年が過ぎて、体力も行動力も、年々か細くなっていくようです。
無理のない範囲で、思い出の線路脇を歩いてみたいと思うのですが、
雨の奥中山は果てしなく遠い気がします。
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# by mypac | 2005-08-25 11:16 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(2)
春まだ浅きみちのく一人旅
ふるさとの訛りなつかし停車場の・・
石川啄木文学に通じていなくても
上野発の夜行列車に一夜を過ごし
盛岡で始発の各駅停車に乗り換えると
いやが上にも旅情がつのります。
蒸気機関車の息遣いを聞きながら
厨川、滝沢、渋民と啄木ゆかりの駅名を辿り行くと
車窓の素朴な風景に一人旅の寂寥感が身に染みます。
e0019563_21204145.jpg


この旅では少し小高い場所にある奥中山YHでうっすら雪化粧の朝でした。
大阪では薫風の5月でも
みちのくはまだ芽吹きもしておらず
思えば遠くへ来たもんだと
しみじみ感じたものでした。
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# by mypac | 2005-08-09 21:20 | Comments(3)
遭遇
沼宮内-一戸間ではほとんどの列車に補機が付いていました。
重連あり、後補機付きあり、三重連あり、前補機後補機付きあり、
大動脈ですから列車本数も多いのですが、
ただ一度、三重連と重連の離合に遭遇しました。
ワンカットに5台の蒸気機関車が写っています。
願わくば登ってくる三重連が十秒ほど早ければ言うことなしだったのですが、
逆に数秒遅ければOUTでしたから、撮れただけOKですね。

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画像は原画の約1/4部分をトリミングしています。
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# by mypac | 2005-08-04 20:49 | Comments(4)
25パーミル
パーセントで言うと2.5パーセント、角度で言うと、1.4度。
歩いて登っても、車で登っても、たいした坂道じゃないですが、
鉄道となると25パーミルは急勾配です、
ローカル線では33パーミルという勾配もありますが、
本線では25パーミルと言えば最大勾配、しかも延々と続く坂道は駅構内場内信号機を越えても続きます。

構内のレベル(水平)が下って見えるような急勾配を押し上げる後補機
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です。
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# by mypac | 2005-08-03 17:57 | Comments(0)
奥中山
創刊まもない、鉄道ファン(多分6号)で見た「雨の奥中山」という撮影紀行が目に焼き付いていました。
高校の夏休みにアルバイトをして溜めた全財産をつぎ込んで、初めての一人旅に
東北本線「奥中山」に行くことにしました。
ところが、3日目位にホームシックになり、なんとか奥中山にたどり着いたのですが
紀行文どおりの「雨の奥中山」になって、先客の二人組みも退散してしまうと
無性に寂しくなって、数カット撮っただけで、真っ直ぐ帰路についてしまいました。
今思えば、とてももったいないことをしました。

社会人になって、一眼レフも買って、2度目の挑戦。
今度は流石にホームシックもなく、ほぼ予定通りのコースを回りましたが
残念なことに、仙台-盛岡間が電化工事中で、盛岡以北はまだ安泰と思っていましたのに
あちこちで焙烙面の改修やら、曲線緩和の新線やら、工事をしていました。
世は高度成長期で、鉄道のみならず、道路も拡幅とかバイパスとか
日本国中列島改造が進んでおり、撮影画像の多くに工事中の無粋な様子が写っているのが目に付きます。

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写真は奥中山へ進入する下り列車です。
カメラはホームシックの旅の時のメインカメラ、ペトリ7s
奥中山を撮りたい一心でアルバイトして買ったカメラです。
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# by mypac | 2005-08-02 12:11 | Comments(2)
もう少し早ければ
東北本線沼宮内駅
ここからへ北へは奥中山を頂点にする十三本木峠の急勾配があり
沼宮内―一戸間には三重連も設定されておりました。
客車列車も例外なく補機が付き、優等列車は補助機関車付け替えのタイムロスを考慮してか
盛岡―青森間を通しで重連運用も多く、鉄道ファン垂涎の線区でした。

この区間には三度撮影行に行きましたが、丁度実戦配備されたばかりのDD51が
優等列車を中心に置き換えられており、もう少し、せめて半年早ければ
SL天国であったのにと悔やまれます。
でもこればかりは仕方がありません、自分の生きた時代ですから。

駅員さんも笑顔で珍しそうに見ているようなのどかな時代でした。

写真は多分急行「十和田」です。
画面奥には補機運用のD51が何台も待機中でした
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# by mypac | 2005-08-01 18:30 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(7)
夜行列車
夜行列車にはよくお世話になりました。
動くホテルと言われたブルートレインとは雲泥の差ですが
夜汽車と言う言葉が似合う古い客車の通路に新聞紙を引けば
そこが青春の旅の宿、

見知らぬ駅で30分も停まることもあります、
もちろん偶然ではなくて、事前にそれも予定に入っています。
駅の明かりを頼りに、三脚を立てて夜間撮影です。
コンプレッサーや発電機を回した蒸気が夜風にたなびいて、
時間がゆっくり流れていきます。
やがて対抗列車がやってきて、信号が切り替わると発車です。
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予定をひとつこなした若者は、充足感とまた明日への期待を胸に
動き出した客車に横になり、レールの継ぎ目の子守唄を聞きながら
ひとときのまどろみの世界へ・・・
ごとんごとんーーーーごとんごとんーーー
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# by mypac | 2005-07-31 18:46 | Comments(0)
あの日の博多駅
新幹線が出来、主役はゆずったものの、当時はまだ寝台特急は国鉄の華かな代名詞のような存在でした。

動くホテルと言われたブルートレインは東京―九州間に5本(東北に2本)ありまして
当時博多まで電化されおり、博多から先はへは「さくら」がC60
「みずほ」がC59、「はやぶさ」がC61と戦後国鉄を代表する蒸気機関車がBT特急の先頭にたっておりました。
博多駅ではその機関車付け替え作業を見ることが出来ました。
熊本電化も間近いある日、その博多駅へ行きました。

ED73に牽かれた「さくら」が入線、待機線にはC6031
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門司から担当してきたED7312号機を機回り線へ退避させて
C6031号機が係員に誘導されて連結に向かいます。
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連結作業です、よくこんな場所で撮れましたね(笑)
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ドレンを切っていざ出発進行
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一路長崎へ向けて加速、C60の晴れ姿
ワンカット前の撮影位置から、多分走って移動しています。
行動は覚えてませんけど、交換レンズはなかったですから(笑)
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博多止めで切り離した客車を牽いてED73回送列車が出て行き
第一幕の終了です
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このあと「みずほ」「はやぶさ」と矢継ぎ早に演者が入れ替わり
鉄道ファン恍惚の2時間ドラマが繰り広げられていたのです。
いまは昔の物語です。
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# by mypac | 2005-07-29 16:08 | Comments(2)
ちなみにその前は
大失敗の「さくら」撮影行でしたが、
ちなみに一つ前の列車はこれです。
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肥前山口まで併結してきた「西海」と分割して5両となった急行「雲仙」
露出はバッチリでしょう。
このあとフィルムが終了したまま「くらげ」艦隊撲滅作戦を決行してしました。

でもね、不思議なことに、こちらのネガは結構カビの被害甚大なんですけど
「さくら」を目の前にして入れ替えた、要は「さくら」の写ってるネガは
カビの被害が軽微なんですよ。

偶然が積み重なって記憶から消えない「さくら」の写真が残りました。
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# by mypac | 2005-07-28 17:44 | Comments(1)
失敗失敗の巻
チャンポンに至るまでの失敗の話です。

一日たった一本のお目当て列車、C60牽引のBT特急「さくら」です。
小さな入り江を半周するように線路の横はすぐ海と言うロケーションでありながら
撮って帰った写真はこれなんです。
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早速、鉄道写真の先輩のところへ何枚か持っていきましたら、
「おう、行ってきたんか」と喜んで見てくれました。
で、この写真を見るなり
「おれはこんな写真は撮ったことはないなあ」と呟きました。
いやみなのか、賛辞なのか、今もってわかりません(笑)
そうなんですよね、ちょっとないですよね。
ブルートレインの特徴ある客車が全然見えず、場所もよくはわからない。

実は列車を待っている間に、海に向かって石投げをしたりして時間を潰しておりました、
くらげがたくさん浮かんでおりましてね、敵潜はっけーん!攻撃開始!
ひゅーんーーどっぼん、ひゅーーん、ばっかん、
砲弾(線路のバラスト)は無尽蔵にありますし、
敵潜も数え切れないくらい押し寄せております。
「敵潜命中!」
ひゅーんーーどっぼん、ひゅーーん、ばっかん、
「敵潜大破!」
ひゅーんーーどっぼん、ひゅーーん、ばっかん
「敵潜轟沈!」「目標敵2番艦」
ひゅーんーーどっぼん、ひゅーーん、ばっかん
「敵潜大破!」
・・・・
何隻やっつけたでしょう、さらに夢中で攻撃しておりますと
入り江の対岸で「ボッ」汽笛が短音一声
あっ、「さくら」や!!
手元のカメラを慌てて構えますとフィルムが入ってない!!
「あーーーつえらいこっちゃ」
目にも止まらぬ早業でフィルム装填!攻撃開始!!
でーーーーー露出がすんごいオーバーでして
結果ですが、入り江を前景にした順光写真は全滅。
かろうじて湾を回り込んできた機関車が正面を向いたこのカット数枚が
完全逆光に偶然露出が適合したのか、写ってました。

オーソドックスな写真は失敗失敗
偶然の産物が先輩も撮ったことがないというカットになりました。
ワンカット前にはわずかですがBT客車が写ってます。
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これがぼくの唯一のBTさくらの走行写真です。
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# by mypac | 2005-07-27 18:50 | Comments(0)
一枚の写真から
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昭和41年9月とネガカバーに変色した文字。
長崎本線にブルートレイン「さくら」を撮りに行ったことが思い出されます。
ファイルムスキャンしていますと、ひとつのカットに紛れもなく思い出が写っていました。
「喜々津」から歩き始めて「ひがしその」(当時は駅はありませんでした)の海岸でお目当てのBT特急「さくら」を撮って、
それはそれは、悲しい失敗話があるんですけどね、今はちょっと置いといて・・
「大草」の駅まで辿り着いた時には、お昼をかなり過ぎておりました。
道をはさんで向かいはすぐ海、小さなローカル駅のまん前に小さな食堂がありました。
何を食べようか、テーブルひとつ、窓の向こうは波静かな大村湾。
寂れた食堂の壁には「チャンポン」の文字が、
そうや、ここは長崎、「おばちゃん、チャンポンください」
関西弁のおぼこい美少年が珍しかったのか、
「どこからきんさった」長崎弁ではどう言うんでしょうか、覚えてないですが
「ひぇー大阪から」観光地でもない小さな駅前ですから当然
「なんしにきんさったと」と続きます。
しばし方言のぶつかりあった会話の後、テーブルに置かれた注文の品は、
どんぶりから溢れんばかりの具しか見えません。
食べても食べても麺が出てこなかったような記憶があります。
初めてのチャンポンの思い出、空腹の2文字をどけてもとてもうまかったです。
心に残った思い出、それが一枚のカットの隅に写っていました、
紛れもなくあのちっちゃな食堂です、
おばちゃんが生きていたら長寿番付に載るでしょう。
40年の忘れぬひとコマ、写真ってすごい!
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# by mypac | 2005-07-24 16:32 | Comments(1)
そろそろ仕事が欲しい
しばらく青春時代へタイムスリップしておりました。
カビカビのフィルムの向こうに蘇るあの頃。
今なら周辺の状況や、季節を取り込んだ作画もすると思うけれど
どのカットも次から次からSLが走っているばかり。
SLしか見えていなかったあの頃、
ひたむきな青春時代、そんな時代もありました。
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昭和41年5月 東北本線浅虫 冷たい雨に打たれた日でした
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# by mypac | 2005-07-22 10:15 | Comments(3)
時にはあの頃を
木曜日に仕事が終わって、久しぶりのOFFです。

昨日からふるーいネガをスキャンしていますが、
何分にもフィルムスキャナーが古いので能率が上がりません。
2本もやったら、なんかしんどくなって、結局2日で4本がやっとです。

それもカビだらけの古いネガ、
絶対二度と使わないのに、頑固に全コマスキャンをしています。
40年前へのタイムスリップです。
写真がなければ蘇らない記憶と言う名の夢旅行です。
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昭和42年呉線C6215牽引 急行{安芸」
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# by mypac | 2005-07-17 21:18 | Comments(2)
小さな夏の物語
昨夜玄関前に息も絶え絶えのクマゼミがひっくり返っていました。
そっと、うちの唯一、木と言えるアンズに止まらせてやりました。
今朝見たときは杏の枝に針のような口を刺していましたから
最後の一口ぐらいは飲んだかなあ。
土から這い出して一週間の命。
昼にはもう留まっていませんでした。
力尽きたのかと、地面を探せど躯がありません。
最後の力で彼女の元へ馳せ参じたと思いたい。
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# by mypac | 2005-07-14 00:17 | Comments(1)
今日も雨
今日は電話に追いまわされたような一日でした。
仕事を出した数日は、問合せや、手直しの電話が入ることが多いです。
しかし、そんなにいっときに集中しなくても、と言うくらい、
3社から入り乱れて電話が入りました。
それに、次の仕事も仕掛かってますから、
頭のスイッチを切り替えるのがたいへん。

切り替える、かえる、カエル
画像はかなり古いです
デマージュ7  2003年6月
ありゃー丸2年の間にメインカメラが5代目になってます。
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# by mypac | 2005-07-11 23:42 | Comments(3)