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八月ラスト
ひょっとして、今月は毎日更新だったんじゃないかと捲ってみたら
2日間とんでました、残念。

アクセス解析の検索ワードに再三「DF50」が出てきたのでその写真を探したのがきっかけで、
古い鉄道写真の羅列になりましたが、結局今月の検索ワード、第一位は「LX3」でした。
世間では50Dやら、D90やら相変わらず賑やかなことになっておりますが、
このBLOGでは最近D51ばかり(/・ω・)/

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「出発進行!」
来月もがんばりましょう。
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by mypac | 2008-08-31 14:09 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(0)
ネガ修復
35mmのネガは比較的取り出しやすい場所にあるので、丹念に探せば見つかると思う。
それが出来ないのはというかしようとしないのは、単にずぼらな性格だから。
生まれ持った血液型のせいにしておいてもいいか、
30本ほどの塊の中に「中在家」と記されたネガがあって
ここ数日の写真は、そのネガ1本でまかなっています。

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昨日の時点で不採用とした一コマをフォトショップで修復しました。
コピーツールと修復ツールでごみやキズのスポッテリング約100ヶ所、
マスキング選択を何度か範囲をかえて、レベル補正とトーンカーブ補正、
最後に全体のコントラスト調整して、なんとか見れる状態になりました。
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by mypac | 2008-08-30 08:01 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(0)
中在家信号所のネガ
中在家信号場はスイッチバック式で肥薩線大畑とか、石北本線の常紋とかと、
同じ線路配置で通過列車は本線上をストレートに走行してバックすることはありません。
停車場施設の勾配は3/1000以下の規定があって、待避列車を留置するためにほぼ水平の待避線が設置されています。
この線路配置がよく分かる俯瞰撮影できるポイントへも何度か行ったのですが
ネガを探していてやっと見つかったと思ったら、お天気が悪いのとネガの状態が悪いのと、
残念ながら不採用。
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本来の待避線は柘植側にあるのですが、運転時間の都合なのか
上り列車を加太側の引き上げ線に待避させての交換風景。
腕木式の信号機がたくさん林立していかにも信号所らしい雰囲気です。
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by mypac | 2008-08-29 07:52 | Comments(0)
中在家信号所
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関西本線の加太越えのほぼ頂点に位置する中在家信号所はスイッチバック式の
鉄道ファンには魅力のある山間の交換施設です。
加太-柘植間約9キロの柘植寄りにあるのですが、
信号所の柘植側すぐ近くに約1キロのトンネルが有って歩きではちょっと無理。
加太から歩くと約6キロ、しかも途中に高名な大築堤があって、
関西本線を代表する撮影ポイントを通り過ぎてまで信号場を訪れるファンも少なく、
車またはバイクなど持ち込める関西圏のファンの特権的撮影地でした。
特にスイッチバックを見渡せるトンネル上を少し登ったところがお気に入りでしたが
そのネガがなかなか出てきません。
何度も行ったのに。
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by mypac | 2008-08-28 07:48 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(0)
柘植側
関西本線加太越えと言えば、加太から中在家信号場間の大築堤を中心としたあたりの
下り列車をターゲットにしたものが一般的ですが、
峠の反対側の柘植側も急勾配があって同じように補助機関車をつけて運転されていました。

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農業用の貯水池の水面の水平面と線路の角度を比べると
結構な勾配で登っていることが分かります。
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by mypac | 2008-08-27 07:46 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(0)
加太の大築堤へ
バイクで2時間の通い路は、今思えばよく行ったなあと感じますが、
当時は若かったですね、行動力がありました。
鉄道利用組は加太駅から歩くことになるので1時間ほどはかかったんじゃないかなと思います。
途中でやってくる列車を撮りながらでしょうから、まんざら遠い距離でもなかったんでしょう。
ぼくも九州とか鉄道利用の時は10キロぐらいはザラに歩いていましたし。

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一見一日の撮影を終えての帰り道のように見えますが、
加太の大築堤方向へ向かっているところです。
この少年たちも、いまはもう50代ですねえ、
同じようにBLOGをやっていたりして、
同じように遠くなった青春時代を懐古していたりして、
ありうることだと思うけれど。
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by mypac | 2008-08-26 07:34 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(0)
晩年はこんな感じ
僕が鉄道写真をやり始めた頃は、まだ静かなもので
線路脇で同好のファンに会うことは滅多になかったのですが
年を追うごとに蒸気機関車が淘汰されて、残された線区にファンが詰めかけるようになりました。
有名な布原の3重連の撮影ポイントには有料席が出来たとか・・・

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ここも晩年はこんな感じで、暗黙のルールで先に構えた人の画角に入らないのが掟。
それでもやっぱりトラブルはいろいろとあって、だんだんと楽しくなくなってきた。
もっと静かな趣味だったんですけどね。
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by mypac | 2008-08-25 00:23 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(0)
加太の大築堤2
線路をはさんで向かい側は小高い山で植林されているものの撮影の足場は豊富です。
日中は終始順光でこちらの撮影ポイントとさほど優劣はないのですが、
なぜこちらがS席かといいますと、、外カーブで程よい高さがあるということです。
それと平均的に風向きがよい事もポイントです。

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この2枚は標準で撮っていますが、1枚目の大築堤にさしかかりカーブの中ほど辺りまでは内カーブ順光のオーソドックスな撮影が楽しめます。
先頭のD51がフレーム内で左から右へクロスする辺りも好ポイント、
そして迫ってくる列車を後補機の位置を確かめながらここぞとシャッターを打ちます。
(2枚目の写真は先頭の本務機から数両が日陰になったので、フォトショップのトーンカーブで暗部を少し持ち上げています。)

ほとんどの列車に後補機がついて肥薩線大畑ループに迫るスケールの撮影地で、よく通ったものでした。
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by mypac | 2008-08-24 09:53 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(0)
加太の大築堤
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最終的によく通ったのが関西線の柘植-加太です。
自宅からバイクで2時間。
加太の大築堤はファンには高名な撮影地で特にこの写真を撮っている場所はS席です。
三脚を据える地面は4~5人分ほどしかありません。
大築堤の下にバイクを置いて、やっこらさと登りつめて、
ここに肩の荷物を据えると、あとは舞台の幕が開くのを待つばかり。
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by mypac | 2008-08-23 08:12 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(1)
北も南も
僕が鉄道写真をやっていた頃と言うのは
日本全体が高度成長期で、国鉄もご多分に漏れず
精力的に近代化が進んでいました。
それこそ、北も南も撮りに行かねばなくなってしまう線区ばかりで
当然日本列島の大動脈東北本線もその最前線。
あちこちで複線電化工事中であまり落ち着いた風情ではなかったです。
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by mypac | 2008-08-22 07:51 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(0)