<   2008年 03月 ( 10 )   > この月の画像一覧
こんな写真も
この日は頑張っていたんだなあ
と、VIXのサムネイルを見ながら、若かった自分を見直しています。
初めての撮影地で、しかも冬の季節風が吹く中を
こんな写真を撮っていたんだなあ。

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足元が濡れそうになりながら、列車を待っていた、若い「mypac」君がそこに見えるようです。
写真つうのは、記憶の記録なんですねえ。
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by mypac | 2008-03-29 08:31 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(2)
そんでもって、これがお釣
横位置で構えて、最初のカット
縦位置で本命のカット
ここまでは事前にシミュレーション済みで
このカットがいわゆるお釣です。

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一応はこのあたりで撮るつもりはしていたのでしょうが、
本命カットをおさえた後のオマケですから、
構図もへったくれもありません。
だいぶトリミングしたのですが、まだ空の部分の
意味のない空間が多いですね。
まあ、あの頃はSLが写っていればそれでOKでしたけど(~_~;)
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by mypac | 2008-03-27 07:49 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(2)
D51ナメクジ
先日24日にUPした写真の次のカットです。
ネライはこのワンショットで、この日の数ショットの中でも
お気に入りの写真です。
24日UPのカットは「行きがけの駄賃」

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D51型は一番ポピュラーな形式ですが、
これは煙突から蒸気ドームにかけてのシルエットが繋がったいわゆるナメクジ型です。
ぼくは形式とか特定番号にはあまり頓着が無くて蒸気機関車ならなんでもOKでした。
C55型で採用された流線型の流れを引くこのスタイルも嫌いではありませんでしたが、
ただ、裏日本のひなびた風土にはちょっと似合わない気がしますネ。
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by mypac | 2008-03-26 23:50 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(0)
冬の羽越線
冬の羽越線には一度しか撮影行していません。
多分夜行急行の「日本海」を利用したと思うのですが
全く記憶がありません。
乗車する列車とか降り立った駅とかも写真を撮っておけばよかったですね。
それが記録の原点なんだと、改めて感じます。

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初めて訪れた線区は、どのポイントが一番いいのか分らないので
ほとんど一駅間歩くことになります。
その結果、一番良いポイントでは撮っていないこともままあります。
また同じところへ行けばいいようなものの、
行ってみたいところがいっぱいあって、夢は線路を駆け巡っておりました。
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by mypac | 2008-03-24 21:10 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(2)
羽越線
当時の情報源の中でも比較的地味な鉄道ピクトリアルに載った記事がきっかけで、
羽越線の「笹川流」を訪ねました。

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めったにこんな案内板を撮らないのですが、もっといろんなものを撮っておけばよかったですね。

今川(仮駅)から歩き始めたと思うのですが、記憶が定かではありません。
一区間歩いてたどり着いた駅は「寒川」寂しい駅でした。

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この日は露出計の調子が悪かったのか、寒さで狂ったのか
思いっきりオーバー露出のコマがいくつかあって、このコマもそのひとつです。
スキャナーをカスタム設定でガンマ値を0.24まで下げて、
なんとか見える状態までになりましたが、粒子はかなり荒れています。
それを更にシャープネスを強く掛けて、その上フィルター効果で
素粒子フィルムもどきを狙いました。
昔はこんことをフィルム現像~暗室作業でやっていたのですが、
今は楽チンですね。
たまにストレート焼きではなくて、遊んでみるのも気分転換になります。
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by mypac | 2008-03-21 21:49 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(2)
倶知安の二つ目96
ここ数日の温かさで公園のサクラがチラホラ咲きだしました。
そろそろ雪の写真も似つかわしく無くなりそうです。

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以前斜め後からの写真で紹介した倶知安の二つ目96です。
この撮影地は小沢-倶知安間で本来の運転線区から言うとおまけみたいなもんです。
本来は倶知安から分かれる胆振線と言う線区の定期貨物列車なんです。
小沢からほど近いこのポイントは行きやすくて、かつお目当てのC62重連急行が小沢駅を出て全力で峠道に取り掛かるので迫力抜群。
この96貨物列車は本来前座なんですけど、自分的には結構お気に入りの列車でした。
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by mypac | 2008-03-19 07:46 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(4)
羽幌線
SLには雪景色が良く似合う。
白いバックに黒い列車が浮き上がって存在感を主張する。
雪面の反射が自然のレフ板効果で逆光でも側面がつぶれてしまわないのがいいねえ。
もっともっと、もっともっと、撮っておけばよかったなあ。

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この日は知り合って間もない友人と並んでの撮影でした。
翌日からはまた別れてそれぞれ思いの線区へ別行動。
行動力に溢れた彼のことですから
それにSLがなくなってからもずっと鉄道趣味を続けているとのことですから、
きっと名作、労作、貴重な画像をたくさん残しているんでしょう。

もっともっと、もっともっと、撮っておけばよかったなあ。
でも、こんな時間を持っていたことを喜ぶべきなのかも知れませんね。
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by mypac | 2008-03-15 08:29 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(2)
羽幌線
今は線路そのもがなくなってしまった羽幌線
アイヌ語が語源と思われる駅名が多くて
留萌から北は典型的なローカル線
北海道の北西海岸を貫くこの路線は一度全線乗車してみたかった。

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力昼、-古丹別の山間部を下るD51運炭列車
当時は峠道のSLしか頭に無くて結局海の見える区間では撮っていないのが心残りです。
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by mypac | 2008-03-14 07:46 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(0)
冬の常紋
札幌を22時に出る急行「石北」(のちの大雪)で遠軽か生田原まで行き
遠軽始発の鈍行列車に乗り換えて常紋信号場に入るのがパターンでした。
真冬の常紋信号場の短いホームに降り立つと、そこは氷点下20度の世界です。
運良く晴れた朝に金華から上がってくる一番の列車は煌めく宝石が如し、
純白の煙(実はほとんど蒸気なんですけど)が朝日に輝いて、
言葉にならない感動です。

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by mypac | 2008-03-12 23:30 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(0)
最果ての夜
網走まで来ると「最果て」という言葉が良く似合う。
北の果て、稚内はほんの数回しか降り立っていませんが
網走は何度も何度も行っています。
理由は単純で、石北本線の常紋信号場が超有名な撮影地で
その帰りは網走からの夜行急行「大雪6号」がしがない鉄道ファンの常宿であったから。
均一周遊券で急行の自由席が利用できましたから、
札幌を中心にした道内の夜行急行は宿泊代を浮かす常套手段です。

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網走駅で出発を待つ大雪6号
線路内に三脚を立てての撮影ですが、今では考えられないですね。
網走を発車して北見までは各停、北見から急行になって数十分後、
常紋越え25/1000勾配に差し掛かると、
列車のスピードはガクッと落ちて、本務機C58、後補機9600の咆哮が夜の静寂を切り裂いてあえぎます。
常紋信号上に泊まりこんで何度この光景を撮ろうと思ったことか。
10分ほどの鉄道マニア恍惚の時を堪能します。
昼間、思う存分楽しんだ常紋信号場まで上り詰めると
本務機が「ボーーー、ボッ、ボッ」と長声1笛短声2笛の絶気合図、
ややあって後補機が呼応して「ボーーー、ボッ、ボッ」
信号場のポイントを渡ってトンネルへ飛び込むと恍惚ドラマは終了
明日の天気を祈りつつ鉄道ファンは夢世界へ飛び込んでいきます。

素晴らしい青春でした。
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by mypac | 2008-03-11 21:58 | 昭和40年代の鉄道写真 | Comments(3)